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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)177号 判決

名古屋市千種区希望ケ丘一丁目八番二二号

上告人

丹羽孝人

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

同弁理士

橋本正男

愛知県春日井市下条町一丁目一一番地の一四

被上告人

エヌ・ディ・シー株式会社

右代表者代表取締役

永井利和

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第一三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年七月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同鈴木修、同橋本正男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成七年(行ツ)第一七七号 上告人 丹羽孝人)

上告代理人大場正成、同鈴木修、同橋本正男の上告理由

第一、上告理由一 特許法第二九条の二の解駅の誤りないし理由齟語

一、原判決は、審決の「複合シートをコア材料として用いることが、引用例一記載の発明において自明のことと認めることもできない」との認定に対し、「引用例1記載の発明は、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であるというべきである」との判断を示したのみで、このことから直ちに、この審決の誤りは「本件第1発明と引用例1記載の発明は同一ではないとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法なものとして取り消しを免れ得ない」との結論に飛躍する。

原判決は、引用例1記載の発明に関し、芯材として複合シートを用いることが自明であることと、本件第1発明と引用例1記載の発明の「同一性」の判断がどのように関係し、如何なる影響があるのかの理由については一言も触れていないのである。

二、特許法第二九条の二は、「特許出願に係る発明が、当該特許出願の日前の他の特許出願・・・の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明・・と同一であるときは、その発明については、前条第一項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」と規定する。

即ち、その要件は先願にかかる発明と出願発明が同一の場合のみ、特許を受けることができないとしているのであって、これは、特許法第二九条第二項が「前号各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない」とした、所謂容易推考の要件とは峻別して理解されねばならないことは当然であり、この両者の要件を混同することは許されない。

右規定は、先願発明と出願発明が同一であることを要件としているのであり、「自明事項」などという文言は表れていない。

この「同一」の趣旨について、先願発明の明細書に後願発明の要件が全ての要件について明記されていることまでも要求しないという意味での、「実質同一」の議論はある。

しかし、実質同一の議論は、後願発明の構成の中、先願発明明細書中に明確には記載されていない構成が存する場合に、表現を代えて実際には同一の構成が記載されている事案であるとか、技術的要請から先願発明は当然に当該構成を有していると言える事案について、先願発明と後願発明を同一とするものである。(例えば、東京高等裁判所判決昭和六〇年一一月二七日判決昭和五九年(行ケ)第三五号、同昭和六〇年一一月二八日判決昭和五七年(行ケ)第八九号、同昭和六一年九月二九日判決昭和六一年(行ケ)第二九号)

三、しかしながら、本件の場合は、原判決は引用例1記載の発明が芯材として「クラフト紙等の丈夫な紙」を使用しているのに対し、これに代替して「複合シート」を用いることが自明であるとしているのである。しかし、クラフト紙等の丈夫な紙に替えて複合シートを用いることが自明であることが、何ゆえ引用例1記載の発明と本件第1発明が同一の発明であるか否かの判断に影響するというのであろうか。

「替えて使用する」という以上、原判決は、引用例1記載の発明は「複合シート」を使用しないものであるとの認識に立つものである。実際にも、引用例には「クラフト紙等の丈夫な紙」を芯材として用いることが明記されており、複合シートを用いるものでないことは明らかである。

とすれば、引用例1記載の発明と本件第1発明とは芯材の点において明らかに異なる発明である。引用例1記載の発明も本件第1発明も、いずれもその特許請求の範囲の記載中で芯材を特定している。このように芯材を一方は「クラフト紙等の丈夫な紙」と特定し、他方は「複合シート」と特定しているのである。このように異なる芯材を用いることを前提とした二つの発明が「同一」な発明であるはずがない。

四、原判決は、「クラフト紙等の丈夫な紙」を「複合シート」に置き換えることが自明であるとした。しかし、「置き換え」の可否は特許法第二九条第二項の所謂進歩性の判断においては意味をもち得るとしても、特許法第二九条の二の発明の「同一」については、意味を持ち得ない。

この点について、前掲東京高等裁判所昭和六一年九月二九日判決は、審決の実質的に同一との判断に対する原告の批判に対し、「対比すべき複数の発明間において、その構成、これにより奏せられる効果がすべて形式的に合致することはおよそあり得ないところであり、要は両発明に形式的な差があっても、その差が表現上のものであったり、設計上の微差であったり、また、奏せられる効果に著しい差がなければ、両発明は技術的思想の創作として同一であると認めて差支えないのである。」と述べている。(なお、この判決は「設計上の微差」に言及しているが、実際の事案は、出願発明の液晶ディスプレイの「反射装置の散乱面」が引用例に記載されているかが争点であり、判決は引用例の実施例装置に関する記載を分析し、実施例装置は「反射装置の散乱面」を有するとして、実質同一として審決の認定を肯定したものである。)

しかし、「クラフト紙等の丈夫な紙」と「複合シート」とは明らかに異なるものであり、両者の差が「表現上」のものでも、「設計上の微差」でも、「効果に著しい差」がない訳でもない。一般的に「クラフト紙等の丈夫な紙」に対して、「複合シート」の方が強度の点で優れ、重量では重く、価格では高いことは常識的に理解できるところである。いや、そもそも原判決は、「クラフト紙等の丈夫な紙」と「複合シート」との差異について、右のような基準による検討を全く行っておらず、「クラフト紙等の丈夫な紙」を「複合シート」に置き換えることが自明であるとの判断を、同一性の結論へ結び付けるという論理の飛躍を犯したものである。原判決は、発明の一部の構成の置換が自明であることが、発明の同一性の判断の基準であるとした点で特許法第二九条の二の解釈適用を誤った違法があるものと言わなければならない、そして、この原判決の解釈適用の誤りはその結論に影響を及ぼすことは明らかである。

また、「クラフト紙等の丈夫な紙」と「複合シート」との置換が自明であることが、何ゆえ本件第1発明と引用例1記載の発明は同一でないとした審決の結論に影響を及ぼし得るのかとの点に関する判断を欠いた点で、理由齟齬の違法がある。

第二、特許法第二九条の二の解釈適用の誤り(二)

一、仮に、異なる構成を置換することが自明であることが、直ちに発明の同一に帰結されるとの原判決の理解が、必ずしも特許法第二九条の二の解釈を誤ったものであると言えないとしても、しかもなお、原判決には特許法第二九条の二の解釈適用を誤った違法がある。

二、前述のとおり、特許法第二九条の二の要件は、先願にかかる発明と出願発明が同一であることである。

この意味で、特許法第二九条の二の「同一発明」か否かの判等断に、特許法第二九条第二項が「前号各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない」とした、所謂進歩性を判断を持ち込むことは許されない。

しかるに、原判決は特許法第二九条の二の発明の同一の判断に、実質的に特許法第二九条二項の進歩性の要件をもって判断したものであり、この点で特許法第二九条の二の解釈適用を誤ったものである。

三、原判決は、まず「段ボール」を芯材として用いることが周知技術であると認定し、また、金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものが芯材として用い得ると理解されていたことから、「複合シート」をフラッシュパネル用芯材として用いることが周知技術であると認定する。次いで、引用例1記載の発明中に「複合シート」が記載されているに等しいか否かを検討するとして、結論として「引用例1記載の発明は、芯材として、複合シートと用いることが技術的に自明であるというべきである。」と述べる。

この原判決の論旨の運びは、引用例1記載の発明と「周知技術」とから、直ちに発明の同一性を判断することは許されないことを一応意識したものではある。

特許法第二九条に即して言えば、公知発明(二九の二では先願発明)と「周知技術」との組み合わせは、第二九条第二項の進歩性の判断の問題であり、同条第一項の新規性、即ち発明の同一性の判断の問題ではない。従って、先願発明(公知発明)の存在と周知技術の存在を認定しただけで第二九条の二の発明の同一性の判断を行うことは、明らかに発明の同一性の問題(新規性の問題)と(進歩性)の問題を混同したことになるので、原判決は右の如き論旨としたものと思われる。

なお、原判決は、引用例1記載の発明と本件第1発明との同一性そのものを判断してはいない。しかしながら、複合シートをコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることはできないとの審決の認定を誤りとし、この誤りが本件第1発明と引用例1記載の発明は同一でないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるとすることは、実質的に発明の同一性判断を行っているに等しいといえる。

四、原判決は、右の様に形式上一応「複合シート」を芯材として使用することが「周知技術」であると認定したうえで、さらにこれが引用例に記載されていると言えるかを判断している。

しかしながら、原判決のこの点に関する理由付けは、

a.引用例1記載の発明は、その構造に特徴があるものであって、その材料には重きが置かれていない。

b.よって、「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」というのは、単にシートとして例示しているにすぎないものと解釈すべきであり、引用例1記載の発明のペーパーコア用シートは、「クラフト紙等の丈夫な紙」のことである、あるいは、「クラフト紙と同程度の丈夫さを有する方形の紙」に限るというように限定して解釈すべきであるとすることはできない。

c.したがって、引用例1記載の発明においては、当業者はベーパーコアの芯材の分野で材料として慣用されているシート材を、自ずから想起するというべきである。

d.しかも、引用例1記載の発明は、芯材が抗圧性を有することも目的の1つとしているから、抗圧性の点でも有利であることが自明である「複合シート」を当業者は引用例1記載の発明の材料として当然これを用いることができると理解するというべきである。

e.よって、引用例1記載の発明は、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であるというべきである。

というものである。

そして、原判決が、先願発明と後願発明とで異なる構成が自明である場合は、先願発明と後願発明は同一発明であると考えていることはその判旨から明らかである。

原判決が、フラッシュパネル用芯材として複合シートを用いることが周知であるとの認定から、引用例1記載の発明で「クラフト紙等の丈夫な紙」に替えて複合シートを用いることは自明である(従って、引用例1記載の発明と本件第1発明とは同一)との結論を導く過程で縷々述べてはいるが、結局のところその根拠としては、引明例1記載の発明において、芯材として「クラフト紙等の丈夫な紙」のみが記載されているが、その趣旨は「クラフト紙等の丈夫な紙」に限定する趣旨ではないとの認識に帰着する。

五、しかしながら、引用例1記載の発明が、特許請求の範囲に記載された必須の要件でありながら芯材を「クラフト紙等の丈夫な紙」に限定していないという認識の当否は暫く置くとしても(この点については、上告理由四の中で論じることとする。)、芯材を限定していないことが、何ゆえ周知技術を「自明」技術にまで引き上げることとなるのであろうか。

公知発明と周知技術とは、特に特許法第二九条の関係で明確に峻別して理解されている。そして、出願発明と公知発明とに構成上の相違があり、この構成上の相違点を周知技術(周知の構成)をもって代替させることの可否は、同条第二項の進歩性の問題なのであって、同条一項の新規性(同一発明)の問題ではない。このことは、公知発明が、相違する構成に限定する(本件で言えば「クラフト紙等の丈夫な紙」に限定する)趣旨でない場合でも変わるところはない。いや、仮に公知発明が当該構成に限定する趣旨であるならば、仮にこれに代替する構成が周知の構成であるとしても、この周知の構成をもって相違する構成に代替することが容易にしうるものということはできなくなるから、公知発明と周知の構成との組合わせから進歩性を否定するということはできなくなる。

即ち、「構成を限定していない」ということは、公知発明と周知技術(周知の構成)とを組合わせることの容易性を肯定し、その進歩性を否定する根拠となる、より正確に言えば、公知発明と周知の構成を組合せることを否定する根拠を与えないと言うことはできても、そのことにより、周知技術が出願発明と公知発明とを同一のものとする自明な技術となりうるものではない。

六、右の点を本件の特許法第二九条の二の「発明の同一」に対応させれば、単に、「構成を限定していない」ということは、決して先願発明と後願発明の相違する構成を周知の構成で代替することを許す根拠とはなり得ないということである。

もしこれを許せば、先願発明と周知技術から後願発明の特許性を、進歩性の判断基準で否定することを許すことにほかならないからである。特許法第二九条の二は「発明の同一」を要件としており、これは第二九条第一項の新規性の判断における発明の同一性と同義であるはずである。第二九条の二の判断に、実質的に「進歩性」の判断基準を取り込むことは誤りである。

七、以上の通り、「構成を限定していない」ことを根拠に、「クラフト紙等の丈夫な紙」に替えてフラッシュパネル用芯材として周知な「複合シート」を用いることが自明である(従って、引用例1記載の発明と本件第1発明とは同一である)とした原判決は、特許法第二九条の二の「発明の同一」の判断に進歩性の判断基準を適用した点で、明らかに同条の解釈適用を誤った違法がある。また、この解釈適用の誤りは判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

八、なお、原判決は、引用例1記載の発明の構造が本件第1発明の構造と異ならないとするが、明らかな誤りであるので指摘しておく。

引用例1記載の発明の構造と本件第1発明の構造とは全く異なるものである。端的に言えば、本件第1発明の構造は展張(複合シートを重ね合わせて接着した状態の芯材を、芯材の厚さ方向に引き伸ばして甲第二号証第1図の状態にすることをいう。)することが可能であるが、引用例1記載の発明の構造は展張が不可能である。明細書及び図面に開示された方法で芯材を製造すると、展張しない芯材ができあがる。このことは、紙と糊を用いて明細書の記載及び図面に基づいて作成して見れば、一目瞭然である。甲第三号証(引用例1)の第2図に明記されているような、糊代部が上下で重なる位置にあっては接着面が邪魔をして展張しえないのである。

展張しうるためには、甲第二号証第1図に示されるように、糊代部が一枚毎に左右にずれなければならない。

引用例1記載の発明では、芯材が展張されないことは明らかであり、甲第三号証の第4図は、引用例1記載の発明により製造された芯材を記載したものではない。

このことは、上告人(審判被請求人)が無効審判手続きにおいて再三述べたところである。率直に言って、原判決に見られる些か強引とも思われる「自明」ないし「発明の同一」に関する認定は、引用例1記載の発明と本件第1発明とが構造的に全く同一であるとの思い込みに端を発しているように思われる。しかし、事実は引用例1記載の発明と本件第1発明の構造は全く異なるのである。

第三、上告理由三 理由齟齬の違法(一)ないし採証法則の誤り

一、原判決は、フラッシュパネル用芯材として段ボールを用いることが周知であり、また、金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものが周知であると認定している。

しかし、この原判決の周知技術に関する認定は、理由に齟齬のあるものであるか、採証法則を誤まったものである。

二、原判決は、甲第四号証(引用例9)に段ボールを芯材とした特殊合板が開示されていることを認定する。これだけであれば、単に段ボールを芯材とする技術の開示(公知技術)に過ぎない。しかるに、原判決は甲第四号証が引用例1記載の発明の出願時より約二三年前に刊行されたとの一事をもって、引用例1記載の発明の出願時に、当業者にとって周知なものと認定したのである。

技術には、広く行き渡る技術もあれば、顧みられず普及しない技術も存在する。単に時間の経過だけで技術が当業者に如何に受け入れられているかが決まるものではない。例え、二三年前に刊行された公告公報に記載されているからと言って、そこに記載された技術が当然に当業者にとって周知な技術となったと断定し得る根拠はどこにもない。仮に、段ボールが芯材として周知な材料となっていたならば、この事実を記載した公報なりが他に幾らでも存在するはずである。しかるに、被上告人(原審原告)が提出し得たのはただ一つ、甲第四号証のみである。周知な技術を記載した文献が僅か一つ、しかも約二三年前の公告公報のみであるという事実自体が、段ボールを芯材として用いる技術が周知な技術とはなっていないことを端的に示しているというべきであろう。

実際にも、甲第四号証の芯材は大きな欠点があり、実用化されることはなかったのである。

三、甲第四号証の芯材は、所謂蜂の巣形状のコアを構成する。この蜂の巣形状のコアは、元の平板の状態に戻ろうとする力が強く、コアの状態を維持することが非常に困難なのである。甲第四号証には、「この特殊合板は適当な製作機械があればその工業的大量生産が可能である」(一頁左欄二一、二二行)とあるが、その製造方法としては、段ボールを長辺状aに切断して、これをステープルで結合する方法と、第3図のように平段ボールをテープで結合した後、これを長辺状aに切断したものを引き伸ばして第5図の用に成型する方法が示されているが、ステープルで結合する前者の方法は到底工業生産に向くものではなく、また後者の方法も平段ボールをテープで結合することが機械的に可能であるとしても、これを機械的に引き伸ばすことは容易ではなく、特殊合板の製造現場において手作業て行うことになる。

しかも、このような芯材の加工方法では、芯材自体を販売する商品として生産する用途には全く向かないのである。

引用例1記載の発明(本件第1発明も同様であるが)は、芯材を展張して使用することを目指したものであり、その意味は、芯材自体が商品として流通し、フラッシュパネル製造業者がこれを購入して容易に使用することができるようにすることにある。この意味で、甲第四号証記載の発明は極めて使いにくいものであり、到底広く普及し得るものではなかったのである。

現に、甲第四号証の刊行の日から約一四年後に出願された甲第五号証の公告公報には、芯材として段ボールを使用することなど全く記載されていないのである。このことは、甲第五号証の出願当時に、芯材として段ボールを使用することが一般的でなかったことを端的に示している。

刊行されてから一四年経過しても一般的な芯材として認識されていなかった段ボールが、何をもってその九年後には当業者にとって周知な芯材となったというのであろうか。

原判決の認定に、理由齟齬ないし採証法則違反の違法があることは明らかである。

四、さらに、原判決は甲第五号証(引用例3)の記載から、「金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものも材料として可能であると考えられていたと認められる」とする。確かに、甲第五号証の明細書にはこれらの材料を芯材とすることが記載はされているから、「(芯材の)材料として可能であると考えられていた」との認定は直ちに誤りであるとは言えないかもしれない。

しかしながら、原判決は続いて、「引用例9記載の発明における段ボール、引用例3記載の発明における金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものは、本件第1発明における・・・『複合シート』に該当するものということができ、そうすると、引用例1記載の発明の出願時において、本件第1発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で、その芯材を複合シートとするものは周知であったと認められる」と結論付ける。

しかし、何ゆえ「芯材の材料として可能であると考えられていた」だけの素材である「金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したもの」を芯材の材料として用いることが「周知であった」と認め得るのであろうか。

常識的に考えても、「金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したもの」がフラッシュパネルの芯材として広く使用されているとは考えられない。一度でもこのような材料が芯材として使用されているのを見たことがあるであろうか。原判決も認定するように、甲第五号証の発明で芯材の例としては主として撥水性を有する樹脂含浸のクラット紙(クラフト紙)等が挙げられており、「金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したもの」は二次的な素材として記載されているだけである。文脈からみても、まさに、このような素材も「使用可能」、つまり使えない訳でないことを示したに過ぎないのである。このように、単に「芯材の材料として可能である」だけに過ぎない素材が「周知な複合シート」となるはずがない。

原判決の認定における論理は、極めて飛躍したものであり、証拠により支持されるものでもない。原判決に理由齟齬ないし採証法則違背の違法があることは明らかである。

第四、上告理由四 理由齟齬の違法(二)

一、上告人(原審被告)は、(ⅰ)引用例1には、蒸気処理を与えた後乾燥させる前処理が記載されており、これは、単一シートでハニカムコアを製造する場合に行われる処理であり、段ボールであれば蒸気処理を行うと接着が剥がれる原因となるので、段ボールに蒸気処理を行うことはされていないから、引用例1記載の発明は単一シートを芯材とすることを当然の前提にしていること、並びに、(ⅱ)引用例1には引用例1記載の発明の効果として従来品に対する抗圧力、重量について「何らの見劣りもない」旨記載されており、仮に段ボールを使用するとすれば抗圧力も重量も当然単一シートと異なることになるから、この記載は単一シートを前提としたものである旨の主張をした。

二、この上告人(原審被告)の主張に対し、原判決は、(ⅰ)の点については、上告人(原審被告)の主張する蒸気処理に関する記載箇所は、引用例1記載の発明についての従来技術の欠点と、これを解決した技術的意義を説明する箇所であり、・・・引用例1記載の発明は、特殊な構造を採用することによりこの問題を解決したことを説明したものであるから、その材料を考えるうえで、蒸気処理が可能な材料であるかを念頭におく必要はないとして、上告人(原審被告)の主張を退けている。

しかしながら、原判決も認めるように、蒸気処理に関する記載は「これを解決した(引用例1記載の発明の)技術的意義を説明する箇所」である。引用例1記載の発明の「特殊な構造」の技術的意味(主たる作用効果)は、この蒸気処理を不要とした点に存在する。蒸気処理が不要ないし不適切な素材を芯材に用いる場合は、引用例1記載の発明が提起した技術課題は元々存在しないのである。従って、引用例1を読んだ当業者にとって、引用例1記載の発明の「特殊な構造」は「蒸気処理を不要とした点」にのみ意味のある、逆に言えば、元々蒸気処理を行うことが考えられない芯材に引用例1記載の発明の「特殊な構造」を適用する必要性ないし有用性を見いだし得ないものと言うべきである。芯材の素材が蒸気処理という前処理を必要としたか否かにより、引用例1記載の発明が有用であるか否かも決まるのである。つまり、引用例1を読むうえで、芯材の素材が何であるかは実に重要なポイントと言わざるを得ない。

しかるに、原判決は蒸気処理を不要とした点に引用例1記載の発明の「技術的意義」が存することを認定しておきながら、その芯材の素材が何であるかを無視してよいとして、「その芯材の材料を考えるうえで蒸気処理が可能な材料であるかを念頭におく必要がない」としたのである。この原判決の認定は、明らかにその理由に齟齬があると言わざるを得ない。

三、また、(ⅱ)の点については、既に行った認定を引用したうえで、引用例1記載の発明も抗圧性に優れた芯材を得ることを目的、効果の1つとしているとし、その製造方法において複合シートを芯材とすれば単一シートより強度の点で優れた効果が得られこそすれ、抗圧性、重量について従来品と比較して見劣りしないという引用例1記載の発明の効果は何ら変わるものでないとして、上告人(原審被告)の主張を退けた。

しかし、原判決の認定はこの点でも論理に飛躍がある。

原判決が引用する原判決の認定箇所は引用例1の記載の引用であるが、そこには「本発明の第2の目的は取扱いが簡単でかつ抗圧性に優れ、軽量な芯材を得ることにある。」と記載されている。そして、引用例1記載の発明の効果として、「従来品に比較して抗圧力、重量について夫夫何らの見劣りもない」(甲第三号証三頁左欄一二、一三行)としているのである。しかし、同じ厚みの紙を用いた単葉紙と段ボールを比較すれば、当然段ボールの方が抗圧力は優れており、一方段ボールの方が重量があり重い。このようなことは、当業者でなくても容易に理解し得るところである。両者の効果の差は歴然としている。軽量な芯材を得ることを目的とした引用例1記載の発明において、より重い段ボールを用いることは、引用例1記載の発明の目的に反する方向である。原判決は、抗圧性について段ボールを用いることはこれを高める方向であるから、引用例1記載の発明の目的に適うとの理由づけを行っているが、重量の点については実質的に全く触れておらず、段ボールを用いることは軽量化という方向に反することを看過したことは明白である。また、異種材料を用いた複合シートの場合は、さらに重量が増加する方向であることは多言を要しない。

このように、重量の問題について認定を欠落したまま、芯材として複合シートを用いても、「引用例1記載の発明の効果は何ら変わるものでない」と断定した原判決の認定には、理由齟齬の違法が存することは明らかである。

四、原判決の認定が右のように理由の齟齬を来したことの元をたどれば、引用例1記載の発明の基本的な要素である芯材の素材を、「その材料には重点がおかれておらず」として、極めて軽視した認定にある。

原判決の論理は、引用例1記載の発明はその技術的課題を特有の構造を採用することで解決したから、重要なのはその構造であって、「その材料には重点がおかれておらず」としたのであるが、技術的課題の主たる手段が構造にあるとしても、だからといって、芯材の素材が重要でないということにはならない。何故ならば、当該技術的課題は芯材の素材が「クラフト紙等の丈夫な紙」であることを前提にからである。このことは、既に述べたとおりである。

芯材の素材の重要性は本件第1発明でも同様である。本件第1発明(甲第二号証、第4欄一四ないし二〇行)には、「更にまた、本発明は、紙シートから構成される従来の芯材が、その耐水性及び圧縮強度の増加を計るために、紙シート材にフェニール樹脂或はフッ素樹脂等の合成樹脂を含浸させて芯材の補強を計っていた。いわゆる従来の含浸処理を省略して、生産性の向上を計り得る芯材およびその新規な製造方法を提供せんとするものである。」と、その芯材に複合シートを用いることの目的、効果を明記しているのである。

引用例1記載の発明における素材の重要性は明らかであって、課題の解決手段が特殊な構造にあることから、素材の重要性を看過した原判決の認定は、理由に齟齬のあるものと言わなければならない。 以上

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